[ホーム/"ヤマトイワナ"探釣記]



2001年5月05日・06日 : 早川水系 A川



「チッ、ガスってきやがった...」

高度1800m、時計の針は正午過ぎ。昨日ビバークした地点からおおよそ5時間程釣り上がった付近だった。
時折下界に広がる日の光とは裏腹に、もうすぐ標高2000mに手が届く山岳は、朝からどんよりとした厚い雲が私の頭の上をかすめて行く。これ以上天候が崩れなければ良いが...
ただ、この時私の気持ちには燦然たる余裕が有った。
既に高度300m程下の渓で、見事にヤマトイワナの特徴を受け継ぐ”F1(第一交雑種)”の生息域を探り出していた為だった。

そして探索開始から2日目の早朝、トップ写真を飾っている”尺ヤマト”の雄志に出会う事になる...

うぎゃ、なんぢゃこの車の数は!

時間切れと疲労の問題から、更に奥へ続く源流への探索を諦め、トボトボと引き返して来たのは去年の5月29日。今回探索へ出掛けたのが5月5日・6日だから、前回よりも時期的には約1ヶ月遅い入渓となった。
当初、探索に分け入る予定にしていた渓は、この”A川”では無く4日前に訪れたばかりの”D川 D−1支流”だった。ところが、いざ車止めに到着してみると、既に5台の車が駐車して有り、このぶんでは 5〜10名程度の先行者が居ると伺えた。ただ、私が今回ターゲットとしているフィールドは、他の釣り人が引き返す辺りから上流部だったので先行者の問題は全く心配してなかった。
が、単独重装でみんなが釣るエリアを脇見もふれずに上へ登って行けば、カンの鋭い人なら、「ヤツが行く上には何かが有る」と察してしまうに違い無かった。
そんな理由で、今回は"C川"への入渓を諦め、去年から機会が有れば出掛けて見ようと考えて続けていた"A川"へと足を運ぶ事にした。
目指すは、去年詰めた分支流から先の源流帯で有る。

必殺ショートカット!

A川の車止めに到着してみると、なんとこちらにも既に6台の車が駐車して有った。さすがゴールデンウィークだ。まぁ、おおよそどの辺りに入渓しているかは察しが付く。焦る事もなく登山の準備を始めるが、 例の如く”上流に良いポイントが有るに違いない”等と他の釣り人に悟られるのは困るので、ウェダーもベストもシューズもロッドも、らしいものは全てザックに押し込め、いかにも登山客の装いにカムフラージュ。
いざ午前8時、車止めを出発。

登山道を進むこと小1時間。案の定、考えて居た区間に8名の源流えっさマンが糸を垂ら
していた。フライフィッシャーは居ない模様。
出発から3時間の後、去年引き返した分支流、標高1500mにほど近い地点へやっと到着。途中ヨダレが落ちそうになる程、渓相の良い場所にも一切寄り道せず、釣り上がれば余裕で1日掛かる区間を午前中で ショートカットした。
現地気温13度、水温8度。これでは大型のドライフライはまだ早いかなぁ...
をを懐かしいなぁ、最後に27cmを釣った例のプールも健在だ。身支度を済ませ、はやる気持ちを押さえながら、そのプールにオリーブアダムス#12を投入して見ると、3〜4投目にして早くも1尾をGET。 水深の深い岩陰から勢い良く飛び出してきたのは、15cm程の腹が膨れたイワナだった。 もうこんなデカいフライで釣れるのかと気を良くした私は、それまで取り付けていた6xのリーダーを4xに付け替え、ADAMS#12の専用フライボックスを右ポケットにしまうと戦闘態勢に入ったので有った。
絶対に切られてなるもんか...



うぅ、臭くてたまらん...

その後、順調に高度を稼ぎ、午後3時半を回った辺りから、妙に体側にオレンジ斑が濃い魚種が釣れ始める様にる。初めの1尾でハッとなった。「やはり居る。この渓の上には、絶対ヤマトが居る!」
ハイブリッドを手中に収め、マジマジとそいつを眺めながら私はそう確信した。焦りと緊張で右腕が震えた。
そんな折り、ひときわ純血のヤマトイワナにほど近いF1(写真右)を釣り上げ、そんな確信は最高潮に達する事になる。
時間は4時半、考えて見れば今朝から何も食べてなかったし、テン場すら見つけていない現状に気づき、今日はこの辺で一呼吸おく事とし、小高い河原をビバーク地点と決めた。今朝、血相を変えて闇雲に ショートカットしていた時から我慢し続け、絞り出すタイミングが無かった”うんこ”を思いっきりテン場の横にした。後にこれが祟ってニオいに悩ませられる事になる。
夜、たまりかねて脇に有った平たい石を3つ被せたが、相変わらずのニオいが収まる事は無く今後の教訓となった。
「クソはテン場から離れてすべし...」

翌朝6時40分時起床。
よほど疲れて居たのか、何度か寒さで目が覚めたが、闇夜にうごめく動物の気配も音も気づかず爆睡していた様だ。お陰で本日は絶好調也り。
顔を洗いながら、今見つめている目の前の淵にヤマトが居るのかも知れないと考えれば、オチオチ朝飯など食ってる時間など無かった。時間が惜しかった。
片付けを済ませ、午前7時20分出発。
昨日同様に、やはり体側のオレンジ斑が濃い魚種が釣れまくり、フライを打ち込むポイントからは面白い様に魚が掛かった。本日だけで推定40尾以上の釣果は堅い。
ただし、自分の目で見て”まさに純血”と呼べる魚種には未だお目にかかれて無く、白斑がくっきり残るものばかりだった。

こんなか細い渓流で!?

ただただ、完璧なヤマトイワナが釣れる願いだけを胸に釣り上がる事15分程、右から流れ込む小さな支流との出会いにADAMS#12を投入した時、そいつは姿を現した。
「ん?なんだった?いまの...」
波なのか魚影なのかハッキリしなかった。なんか影が左によぎった様な気もするし。第2投目、変化無し。第3投目、変化無し、と思った瞬間、モッコリと水面を割った何かがADAMSをかっさらって 水中に消えた。大きな魚だと感じた時にはアワセていた。
”SAGE SP 389”が弓なりにしなる。重い。抜けない。野性味溢れる天然魚は、普段私が下流で釣っている魚類のそれとは引き方が全く異なる。
と、ランディングネットの存在に気づき左手で探るが、らしい物をつかめない。うっかり、背負っているザックの右サイドに取り付けていたのだ。とにかく慌てていた。 抜こうとすれば水面に出した厳つい顔を左右に振り回す為、4xのリーダーを使用していた事も忘れて、ひたすら切られない事を祈った。
どうやって取り込んだんだろうか、河原でヤツがドタンバタンと暴れる光景は覚えているが...
すかさず股を開きしゃがみ込むと、逃げられない様にガードして両手でしっかり掴んで勝負有り。メジャーをあてるとジャスト30cmの目盛りに、太い尾ビレの先が有った。
こんな標高の高い小さな流れで、これだけの体格に育つまでには、一体どれだけの歳月を要したのだろうか...ふとそんな事を考えながら、弱らせない様にネットに押し込み、水に漬けながら写真を 撮りまくった。
若干体側上に白斑が見て取れ、”ヤマト=見事なマダラ模様と黄金色”を想像・期待していた私にはとても物足りない釣果となってしまったが、それでも全体の風合いからすれば、9割がた血を引き継いだ立派な ”ヤマトイワナ”と呼んで間違い無い。
標高おおよそ1700m地点での出来事だった。

帰路へ

昼過ぎに、辺り一面を霧が覆い、かすかながら小雨まで降り出した。
予定では、午後1時頃に帰路へ付けば、車止めへは遅くとも夕方6時頃には到着出来ると見てよかった。その為、後残された40分余りの時間を有効に使って、更に上に生息しているで有ろう更なるヤマトと対面を 果たしたかった。
ただ、ガスに覆われた状況では、滑落事故の危険性も増すし、帰路の方角を失うのも面倒だ。
午後12時20分、撤収。

「次は、引き返したあの大岩までショートカットしてやる、荷物が重くて自由が利かん、今度は日帰りだ」