[ホーム/"ヤマトイワナ"探釣記]



2001年9月14日〜17日 : 早川水系 E川 E−1、E−2支流



総行程日数4日。
大がかりな今年の探索は恐らくこれが最後になるであろう、"希望と落胆と挑戦、自分自身の可能性を追求する釣行"がはじまろうとしている。
早川水系で、ヤマトイワナの生息が有望視される残された数少ない山岳帯の秘境へ...

なんでも持って行っちゃう

「ねぇ、またそんなに大きな荷物作ってだいじょーぶなの?もう若くないんだからぁ」とは、出発前夜のおかんの言葉。
懐中電灯は小さいのよりも大きな方がいーだろう。何かと飲む機会は多いだろうからな。缶ビールは頑張って12本入れちゃおう。4日分の調理と明かりを確保する為、プロパンの ガスカートリッジは大型の物を3本用意した。他、テント、シュラフ、ランタン、バーナー、雨具にカメラ、予備のスマートメディア3つ、地図、タックル、ベスト、着替え、洗面用具、 ペットボトルへ詰め替えたウィスキー、4日分の食料、コーヒー、調味料、薬、コッヘル、ナイフにその他もろもろ...
泊まりがけでの釣行は毎回こんな感じ。必要最小限にとどめようと思っても、性格上何故か荷物が増えてしまう。
横でなんだかんだ言ってるおかんを後目に、持ち物リストで最終チェックをしていた。今、持っていこうかどうしようか迷っているのが使い慣れた"まくら"。 出張でもキャンプでも普段使っている枕が無い為に熟睡出来ないのが日頃からのワタシの悩みだった。
押し込んで見たところで、もう詰め込めるスペースは無かった。仕方なく置いていく事に。
試しに担いでみた。重心が高くてヨロヨロする。
大型のザックとウェストバックそれぞれ1個ずつ、総重量34Kgの荷物である。

9月14日(金)、車止め到着は午前4時。
今日は、ここから目的地までの16Kmを、途中の支流に寄り道しながら丸1日掛けて歩く事になる。荷物が多いので単独で移動するには大変な苦労だが、物事をあれこれ心配しても 始まらない。
ワタシを支える気力・体力の源はだた1つ。はるか上流に潜む"ヤマトイワナ"の存在なのだ。

車止めには、登山の準備をする数名の先客が居た。平日のまだ真っ暗だっちゅー時間にあんた達もすっきだねぇ...
これから歩く林道を眺めながら闇の恐怖に出発を躊躇したワタシは、その場でコーヒーを沸かし、白み出すまで時間を潰す事に。
午前5時15分、さーて行ってみっかし。満タンのザックはしゃがんだ状態から担ぎ上げるには腰への負担が相当なもの。無理せず車の荷台から背負った。ストラップがミシミシと音を 鳴らし肩が悲鳴を上げる。

寄り道、ちょっと試し釣りなんぞ

ダラダラとした単調な上りをふうふう言いながらひたすら先を目指す。
時折、雲の切れ目から差し込む陽の光は明るく、周りの山々を眩しく照らし出す。上方の気が早い低木は既に紅葉が始まっているらしく、山肌の色づきがはっきり見て取れた。
もう秋は直ぐそこまで到来しているらしい。吹き抜ける風がえらく冷たいのはこういう事か。

いくら進んでも一向に景色が変わらない。歩き始めて2時間が経とうとする頃、計画時から予定していた支流に到着。
「あー、重てーや...」恨めしそうにザックを眺めるが、こうなる事を重々承知して持って来ただけに、怒りの矛先を何処に向ければよいか迷った。
休憩する間も無くタックルを準備すると、スニッカーズをかじりながら斜面を下る。川っつらの良い渓相に立ち込み、ここでヤマトが釣れたら、 もう帰ろうかとも思う。数投の後、大岩のポイントから飛び出してきたのは15cmに満たない"ニッコウイワナ"であった。
#フザけろ、ばかやろう...
この時点で即納竿。
世の中そうそう巧くは行かないとは考えていたけれど、こんな山奥に来てまでニッコウに悩まされる現実を思えば正直なところショックはデカい。
その後、幾度か現れるめぼしい支流を探釣して見るも、たまにヒットするものの中にヤマトらしい魚体は認められなかった。
昼過ぎ、荷物を軽くしようと持参のインスタントラーメンを3杯かっ食らう。考えて見れば、乾物を3つ減らしたところで、なんの解決策になる訳では無く、その分沢の水が胃袋に収まっ
た事で、かえって重量が増えてしまったに違いない。
って事は利尿作用の有るビールで...いゃ、ヤメとこう...
昼食の片付けをしている頃、豪雨に見舞われる。遠くでもたもたしていた雨雲がワタシの真上に移動してきやがったのだ。レインウェアーとザックカバーを取り出し必死に雨を防御。 激しい雨粒に打たれながら、脳裏に不安がよぎる。前回の台風で大雨の爪痕が色濃く残っている上に、今回もこんな雨に悩まされたら、いくら源流帯といえども釣果なぞ望めない事は 必至だったからだ。
午後2時、大粒の雨が降りしきる中、たっぷりと水を含んだ土砂崩れ現場に道筋を失う。
渓は下流と打って変わって幅3m程の狭い急流へと変わり流れは一気に加速する。川底の凹凸が激しいらしく、盛り上がりと落ち込みが連続していた。
兎に角、沢伝いに進めば間違い無いとの判断で先を急ぐ。余儀なくされる深場の徒渉も、重量のある荷物を背負った身体には、ぶつかる太い流れはビクともしないのであった。
#ぎゃはは、こんな水流よゆーだぜ!
調子に乗ったところでテッポウ水にでも出っくわしたら、まずサルベージは望めないし、生きて文明社会に帰れなくなる。
午後3時、16Kmの道のりを10時間掛けて、ようやく目的地のテン場に到着。
早朝から悩まされ続けた重たいザックを草むらに放り投げた。これでようやくヤマトイワナの生息が濃厚なフィールドに到着したというのに、全身を襲う疲労と肩の痛みが先行し、
到達出来た感激や充実感は皆無だった。
それまで降ったり止んだりしていた雨は、ここにきて本格的に降り出した模様。クッソォ、苦境にある時に限って、こんな情け容赦ない雨が降るもんなんだよなぁ、あーーーー、ハラ立つ。
設営するタイミングが無い状態が暫く続いた。段取りを頭で整理し、雨の中、意を決して設営に取りかかる。数分後、雨粒を弾くテントに荷物もろとも滑り込んだ。
寝ころび、卑小感に襲われると、知らず知らずの内に眠りへと着いた。

待望のヤマトイワナが...

2時間後、雨が止む。
テントから這い出すと、辺りは濃いガスに覆われていた。夕方5時にしては、かなり暗い。ビスケットとチーズをかじりながら、タックルの準備を始める。何も焦る必要は無いのだが 出来るなら陽が暮れる前に ヤマトイワナの気配を肌で感じ、明日からの探索に望みを繋げたかったのだ。
帰りの方角が判る様にランタンの火を赤々と焚き、ガスるフィールドへいざ入渓。もっと水が少なければ魅力的なポイントが連続する渓なのだろう。ゴーゴーと唸る沢筋のポイントを見極めながらの 遡行が続く。こんな増水下に於いても一切水の濁りは無く、山の底力がそこには有った。本来の渓はこうあるべきなのだ。
もうそろそろテン場に戻ろうかと考え出した頃、瀞場に投入したフライを追いかけて来る魚影を確認。鼻先まで近づいたそいつは、ゆっくりと元来た深場に消えた。それも結構な大きさだ。
それまで何度か反応とおぼしきトライは有った様に感じるが、水量が多すぎて見極められなかった。あいつらはヤマトだったのか、はたまた ニッコウだったのか、それともアマゴだったのかを知りたい気持ちが先立って釣りも煩雑になっていた。
心臓が高鳴る。あいつが何者なのか知りたい一心で第2投目。流れ戻るアダムスパラシュートを祈る気持ちで凝視した。
でっ、出た!
ティップに心地よい振動を感じ、フッキングした事を知る。
ここまで移動に費やした労力と時間が走馬燈の如く脳裏を駆け巡る。ヤマトであって欲しい。いや、ヤマトで無ければならない。
「外れるなっ、苦労よ報いてくれぇ」
リーダーにぶら下がり、グルングリンと暴れまくるそいつは茶褐色の中に真っ赤な色を帯びていた。焦りで手が震える。左手で暴れる魚体を制止させると、両目でそいつに焦点を合わせる。 正体は、紛れもない 純血ヤマトイワナだった。
やはり居た。まだここには生息していたのだ。

ここはハードな渓だ。そして、この釣行もハードだ。
中流域までハッキリと確認出来た入渓者の痕跡も段々と薄れ、今ビバークしている付近では人間どころか獣も生息して居ない様に感じる。居てもカモシカ程度であろうか。
以前、南アルプスは険しすぎて動物の生息に適するフィールドは少ないと聞いた事が有る。人間とて同じ。"快適さ"を求めた釣りがしたい人なら、ここまでの行程は1時間ともたないだろう。
故に、現在までヤマトが生息している理屈に繋がるのだ。

2日目以降にGo!