[ホーム/"ヤマトイワナ"探釣記]



2000年9月9日・10日 : 釜無川水系 B川



7月に純血種の生息域を見つけてから現在まで、ひたすら探索を試みていた。こと南ア(山梨県側)に至っては、南の雨畑川に始まり北は野呂川まで、1本残らず 歩き回った結果、どの渓も例外無く、下流域から中流域に於いてそれらしい個体に出会う事は出来なかった。
”もはや全ての該当流域にはヤマトイワナは生息していない”
シーズン後半月余りとなった今、私が出した南アに於ける結論で有る。
今シーズン収集したこれらのデータを元に、来年は生息が期待される源流域を中心に探索するつもりでいるが、どこまで期待して良いものか疑問が残るところではある。
何度も言う様だが、南アルプスを始めとするヤマトイワナのフィールドは、ほぼ全ての渓について壊滅的状況に有る。これ以上の場荒れをくいとめ、個体数を維持する為には、全ての源流域を 立入禁止区域にし、長きに渡って禁漁区を設定する以外にヤマトイワナを保護する手だては無いというのが、現在の私が持つ偽ざる心境だ。
自然を保護する方法は、放って置く以外に無いのだから。



葛藤の末、遡行を決意

「果たしてこの渓にヤマトイワナは生息しているのか?」
地図を読む度に、そんな思いを馳せて早3年余り、地理的には生息している公算が強いものの、なにより一切の関連情報が入手出来なかった事と、エントリーの難しさから、この渓に分け入る決心が つかなかったのだ。
きっと知る人ぞ知る一部の間で、生息がささやかれているかも知れないこの地区を思うと、いつまでも想像の域から脱しない訳にはいかない。
9月9日、九州地方で複数発生している台風の影響を受け、当初2泊3日で計画していた釣行を、急遽1日詰めて1泊2日に予定を変更して当日を迎えた。
午前1時半、それまで静まり返っていた外が、ザーザーと音を立てて降り出した雨に、私は一抹の不安を覚えた。今回最大の難所である直瀑30mの滝を高巻くには、どうしても傾斜のきつい斜面を 這い上がる必要が有り、表面が濡れては一層の難儀を強いられるのは明らかだし、その先がどうなっているのかも全く見当すらつかない。
天国から親父が「行くな」と、私の行動を拒んでいるかの様にも取れるこの天候にしばらく悩む。あの勾配が頭をよぎって離れない。前回下見で途中まで登った時に計った傾斜は、短距離ながらも 最大50度有り、ピッケルを打ち込まなければその場でバランスをとれない程で有った。
入念にイメージトレーニングをして来た今までの労力は無駄に終わるかも知れないなぁと、雨の音を聞きながらそんな事を考えた。

#まぁ、悩むのはやめよう、現場を見て危険そうだったら戻って来ればいいさ...
午前5時出発。
タックル、ベスト、シングルテント、ナタ、ピッケル、5mmザイル6本、カメラ、水筒2本に、ペットボトルへ詰め替えたウィスキー、食料、着替え、etc、etc、etc、etc...
120リッターのザックがパンパン状態で、背負うと肩に食い込む重さに、自分の体力が持つ事だけを祈った。
今回も単独遡行で有るため、他人を頼れないのが難点だ。
現場の渓は、未明の雨で茶色く濁り、ドライで探るのは難しそうだったが、そんな事よりも、神経はもう間もなく見えて来るであろう滝の高巻きばかりを考えながら歩いていた。
案の定、現地に到着して見ると、斜面は水分を含み、下見した時以上に足下に不安を感じたが、何とか行けると判断。
コンパスをセットし午前8時半、高巻き開始。
おかんと娘の顔が浮かんでは消え...

地表に浮き出た木の根とピッケルを利用し、木々が茂る高度まで根性で登る。
小休止の際、チラッと後方を確認すると「うっひゃ〜、アワワ、あわわ..」よくもまあこんな勾配を登って来たもんだと自分が信じられなくも有る。
もはや執念以外の何物も無いこの行動は、己を誉めるに値するが、なぜこのスピリッツを仕事と勉強に生かせないのかと、ふと疑問が沸く。

「こりゃ、滑ったら真っ逆さまだぞ」、そう考えると無性におかんと娘が恋しくなった。
ここで帰りの下降と荷物の重量を軽くする為に、持参したザイルをこの斜面に2本設置する事にした。ジグザクにゆっくり確実に高度を稼ぐものの、 いつまで経っても終わる気配を感じない斜面、今では音すら聞こえない遙か下に位置するあの滝との標高差、これは予定外の大高巻きになってしまった。果たして反対斜面に 下降点が有るかどうかも気になる。
巻きを開始してから1時間半が経とうとする頃、ようやく頂上に到着。身につけていた荷物をおろすと、自分の体が浮きそうな位に軽く感じる。
覗き込むと反対斜面も同様に、足がすくむ程に勾配がきつい。極力緩やかな部分を選びながら下降するが、地図に記載されていた通り険しいゴルジュ帯で、軽装備だったらとてもチャレンジ 出来なかっただろう。何重にも体に結んだザイルを、根幹を支点にU字を書く様に往復させ、片方のザイルを緩めながら慎重に慎重に降りる。ここでは帰りの足場作りと目印の為に3本のザイル を設置した。
そんな悪戦苦闘の末、30分をかけてなんとか渓に降り立つ事に成功。

こうなったら恥も外聞もない!
水深は以外と浅く、ポイントが連続する遡行し易い渓相だ。滅多に人が入らないエリアで有ろうから、釣果を期待するなと言う方が無理である。なんか、 今にも釣れてしまいそうな雰囲気に呑まれながら、茶色く濁った流れを考慮し、ウェットを使う事にする。取りあえず目に留まったリーチ#12を結び遡行開始。
#もしも短時間でヤマトイワナがゲット出来たら、今日はビバークせずに帰路に就こう。
確実に魚信を取る為に途中から取り付けたインジケーターが突然動く。ブッたまげてアワセるがノーヒット。でも、魚が居る事が分かった喜びで、悔しい気持ちにはならなかった。 そんな事を何度か繰り返し、1尾もゲット出来ない状態でまたもや滝に行き着くハメに...
「うわ、また滝かぁ」見た感じ10m程は有りそうで、ヘツりで交わすのは完全に無理。
もうこの時点で日帰り釣行は諦めざるを得なかった。ヤマトを確認するどころか、ただの1尾も釣果が無い状況では、命を掛けてまで、何をしにここへ出向いて来たか分からない。
重い体にムチ打って、明るい内にテン場を確保する事にした。テッポウ水に遭わない様、高めのスペースを見つけ、テントを張りコーヒーを飲む。
幸な事に、今日・明日と予報の通り天気が崩れる心配はなさそうだ。気が付くと、午前中茶色く濁っていた流れは、いつの間にか透明度を戻していた。
運は我を見方している、そう考えながらも、今この状態で滝を巻いたとしても、帰りの体力に自信が持てないので、以遠は明日に探索する事にし、大休止の後、滝の脇に流れ込む小さな 支流を探って見る事にした。
午前中に担いでいた荷物は全部置いて来たので、身軽では有るものの足腰にきてしまって力が入らない。度重なるドライへのアタックにも疲れ果てているせいか集中力に欠け、どうしても 1尾をゲットする事が出来ない。
今日はもう諦めようかなぁと考え始めていた時、広さで言うなら、ちょうど6畳間位の浅く小
さな溜まりで、20cm以上は有ろうと思われる黒い魚影がスーと消えるのを見た。
興奮した私は、すかさず勝利のフライであるアダムス・パラシュートに交換し、キャストした瞬間、その黒い魚体はその場をあっちゃこっちゃに慌てふためいて走り出した。 どうやらフライを結んでいた時から、こちらの存在を察していた様で、この状態では釣れるハズもなかった。
「こいつもダメか...」諦めモードで魚の泳ぎを眺めていると、なんと私は気付いちゃったのである!
この溜まりには、隠れる場所が無いからあいつは慌てていたのだ!!
直感的にすくい取れる(^^;と判断した私は、命の次に大切な"セージのロッド"を脇にブン投げると、まだ見ぬこの渓でのヤマトイワナの雄志を確認する為、恥も外聞も無く ランディングネットをギッチリ握りしめて、この溜まりに駆け込んだ。
「ゆるせ、ヤマトよ!」
数分追いかけ回した後、観念したと見えて、石の透き間に頭だけを突っ込んで逃げなくなった状態のヤマトを無事にネットに入れた。「うはは、やったぁ、こりゃー20cmどころぢゃないぞ」
ズッしりと重い感触に鼓動が高鳴る。とにかくヤマト見たさの余り、勢い良くネットを覗き込んだら...
「ギョェッ」、ヤマトだと信じて疑わなかったその魚体は、パーマークがかすれた25cmのヤマメで有った。(写真1番下)
絶望状態に有りながらも、ヤケクソの余り、釣友達には釣ったぞとウソをつく為、ロッドをヤマメの脇にそっと置き、"いかにもアングル"で撮影完了。
ショックに追い打ちを掛けられ、尚の事重くなった足取りで、テン場に戻った時には夕方5時をまわっていた。
2日目にGo!